豊島区議会防災・震災対策調査特別委員会で、能登半島地震の被災地であり、現在もなおその被害の爪痕が著しい珠洲市・能登市の視察に伺いました。

「今日の小林弘明」

 

 

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豊島区議会防災・震災対策調査特別委員会で、能登半島地震の被災地であり、現在もなおその被害の爪痕が著しい珠洲市・能登市の視察に伺いました。

珠洲市・能登市は能登半島の先端部の方にあり、震災直後は交通網が麻痺し陸の孤島状態となって物資が行き届かないという報道がありました。
その立地状況もあり、現在も復興がなかなか進まないといった声も散見されます。

今回は、のと里山空港から現地入りし、各市役所担当部署とも協力のもと、現地での震災直後の様子やその後の避難所運営について現場の声も伺いました。

珠洲市では、特に見附島・鵜飼海岸、宝立小中避難所、鵜飼商店街、あさひ自主避難所の様子を拝見し、同市消防団鵜飼分団長や本区でいう自治会長やその連合会のリーダーに該当する方々、輪島市では、公益社団法人ピースボート災害支援センターの方にお話を伺いました。

地震は夕方16時頃の時間帯に発生し、その直後から通信が途絶える状況となったそうです。そのような中で、各自が判断しながら避難所への誘導を行い、また、がれきの下に埋もれている方々の救助にあたったとのことでした。
本来の消防団活動では経験したことのないような、チェーンソーを使った救助や、限られた工具を使ってがれきの下から人を助け出す活動を行い、自分の身の安全を確保しながら、必死に救助に徹したというお話でした。

目の前で助けを求める声が聞こえていたにもかかわらず、その場に工具がなく、一度取りに戻った結果、戻ったときにはすでに亡くなっていた方がいたというお話もあり、助けられた命もあれば、助けられなかった命もあるという、震災の厳しさを改めて強く感じさせられました。

一方で、避難所運営については、町会連合会の会長にあたる方が先頭に立ち、すべての避難所を回りながら指示を出していたとのことでした。
各避難所にはそれぞれグループリーダーが配置され、避難してきた方々の食事の手配、自衛隊による入浴支援、企業からの支援によるトイレの設置、電気や水道の確保などについて、非常に素早く対応できたということでした。

どのように対応し、どのように指示系統を作るかという点が非常に重要であり、それぞれが自主的に役割を持って動いた結果、震災直後の非常に厳しい状況の中でも、避難所運営については何とか対応することができたというお話でした。
避難所の必要性や、オペレーションをどのように行うのかについて、行政主導での体制づくり、そして日頃からの訓練やリーダーシップの重要性を強く感じたということを、改めて教えていただきました。

また、町会や自治会の加入状況についてですが、珠洲市では町会加入率がほぼ100%であり、日頃から顔なじみの住民同士が力を合わせて行動できたことが、大きな力になったということでした。
一方で、豊島区を含む東京都内では、町会に加入していない方も多く、地域のつながりが希薄になりがちです。改めて、地域のつながりを強くしていくことが、災害に強いまちづくりにつながるのだと実感しました。

最後に珠洲市役所を訪問し、市長をはじめ、危機管理担当の方々からもお話を伺いました。
市長からは、避難所との連携、物資支援、自衛隊や県への要請について、震災直後からとにかく迅速に対応したこと、また、現在は震災から約2年が経過する中で、仮設住宅の整備に力を注ぎ、町の活性化につなげていきたいという強い思いを伺いました。

今回の珠洲市の視察を通じて、震災直後から現在に至るまで、消防団の方々、地域の方々、そして市長をはじめとする行政の方々が、「町を守り、復興させる」という強い熱意を持って取り組んでこられたことが、ひしひしと伝わってきました。本当に多くのことを学ばせていただきました。

続いて2日目は輪島市を視察しました。
輪島市では、外部の公益社団法人の方々から説明を受けました。災害時のプロフェッショナルとして、災害発生直後から復興に至るまで、避難所運営体制や被災者の健康管理など、さまざまな支援を行政と連携しながら行っているというお話でした。

日頃から訓練を積んでいる方々が中心となって対応にあたったことで、災害直後から仮設住宅に至るまでの手続きや、外部からのボランティアの受け入れ、各種災害支援の調整などが円滑に進められたということでした。
輪島朝市の周辺など、実際に被災状況を目にしましたが、まだまだ復興が進んでいない地域も多く残っていると感じました。

現在、輪島市では小学校は1校に統合され、中学校と高校もそれぞれ1校ずつとなり、子どもたちを集中して見守る体制を取っているとのことでした。一方で、県外へ移住した子どもたちも多く、人口は約1万8,000人から約1万3,000人に減少し、18歳未満の子どもは現在約800人という状況だそうです。

20代、30代の保護者世代も県外へ移住してしまい、結果として超高齢化が進む中で、40代、50代の方々が地域に活気を取り戻そうと懸命に取り組んでいる現状についても伺いました。

今回の視察を通じて、珠洲市のように地域住民が主体となって対応したケースと、輪島市のように地域の方々と災害支援の専門団体が連携して対応したケースとではスタイルは異なりますが、いずれも市民が混乱や不安に陥らないよう、迅速に対応することが極めて重要であると感じました。
そのためにも、日頃からの訓練や、地域内外の人たちが少しでも交流し、顔の見える関係を築いておくことの大切さを、改めて強く実感する視察となりました。

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